功道とは

「八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり」(仏典/日蓮)

「仏典とは、ほかでもない。すべて、あなた自身の生命のことを記した文書であり、日記なのです。全部、あなた自身のことなのです。あなたに関係のないことは一つもないのです。」との意ですが、人種も国籍も、思想も宗教も、また各々が属するジャンルやカテゴリーにも関係なく、万人に共通の人間の原理を学ぶことは、人生にとって根本的に重要なことではないかと思います。

その「あなた自身の生命の本質」を、仏典では次のように説かれています。

「生と死と二つの理(ことわり)は生死の夢の理なり 妄想なり 顚倒(てんどう)なり

本覚の寤(うつつ)を以て我が心性を糾せば 生ず可き始めも無きが故に死す可き終りも無し 既に生死を離れたる心法に非ずや、劫火にも焼けず 水災にも朽ちず 剣刀にも切られず 弓箭にも射られず 芥子の中に入るれども芥子も広からず心法も縮まらず 虚空の中に満つれども虚空も広からず心法も狭からず」

通解――

「生と死が別々のものであるという考えは、『迷いの夢』の理(ことわり)である。妄想である。転倒である。真実の悟りをもって我が心の本性を正しく調べてみると、生ずるという始めがないゆえに死ぬという終わりもない。既に生死を離れた心法ではないか。この心法(生命)は、世の終末に起こるとされる大火災にも焼けないし、同じく世の終末に起こるとされる水災にも朽ちない。刀剣にも切られない。弓矢にも射られない。芥子粒の中に入れても芥子も広がらないし、心法(生命)も縮まらない。虚空の中に満ちても虚空も広すぎることはないし、心法(生命)が狭いということもない。」

生命の本質は、本来自由自在であることが説かれたものですが、物質世界に生きる私たちにはなかなか理解し難い教えであると思います。

東洋哲学では、人間の身体には物質的側面としての肉体(グロスボディ)と、非物質的なエネルギーとしての側面(サトルボディ)があるとされています。 

Gross(グロス)大まかな

Subtle(サトル)微妙な、精妙な


西洋医学は主にグロスボディを対象とした医療であり、東洋医学や波動医学では、物質的肉体の基底部に存在すると考えられるサトルボディを対象とした医術です。 

仏典の、大火災にも焼けない、水災にも朽ちない、刀でも切ることができず、弓矢にも射られることがないという不思議な生命観は、このサトルボディ(微細身体)の存在に関係があるものと思われます。

功道では、このサトルボディの存在を認識し、活性化させていくことを重視しています。

サトルボディの能力は、養成することによって加齢に関係なく高めることが可能であり、私達を取り囲む外界エネルギーとの関係にも良好な改革を起こすことができます。 

私達はいずれ、一人残らず、今いる物質世界を卒業する日がやってきます。目に見えず、現代人のほとんどが知ることのないサトルボディを掘り下げ、どこまでも大事に育んでいく取り組みは、「死の先」までも視野に入れた一本の確かな道となります。

「功」とは「技術・能力・トレーニング」といった意味に加え、時間をかけて練り上げていく、養っていくという概念が込められています。 万人に内在する身心能力の深さ、可能性を、生涯にわたって追求していく学びが「功道」です。
古から東洋で伝承されてきた仏教生命観を基に、各種養生功や気功、太極拳等を基調として、会員の皆様の生命パワーを高めていきたいと思っています。   


東洋身学研究会 功道